2013年1月12日 (土)

ざくろさんが

わたしの溺愛する、超溺愛するざくろさんが天に召された。

昨日の日中までは、いつも通りにゲンキだった。

夕方、ちらりと文鳥ズのケージを見ると、つぼ巣の中で奥さんのりらちゃんに羽づくろいをされているようだった。

実はマザコンのくせにええかっこしいのざくろさんは、りらちゃんに羽づくろいをされているところを見られるのが大嫌いで、見られているとわかった瞬間、りらちゃんに、
「そういうの、やめてくださいよっ」
とばかりにりらちゃんに冷たい態度を取り、そのたびにりらちゃんは、
「わたし、なんか悪いことした?」
と混乱するので、羽づくろいされているときは気付かれないうちに見えないところまで移動するのが常だった。

夜8時、いつものようにケージの置いてあるラックのスクリーンを下げるとき、りらちゃんだけがつぼ巣の外にいて、ざくろはつぼ巣の中にいた。

このつぼ巣、取り付けるときの角度がイマイチで、ケージの外から見ると、つぼ巣の中に死角ができるのだけれど、りらちゃんが白内障(おそらくほぼ全盲)なので、下手に角度を変えることができずにそのままにしていた。

スクリーンを下げ「小鳥の夜」にするときは、たいていざくろがつぼ巣の外にいて、りらちゃんはすでにつぼ巣の中で寝ていたり、2羽一緒につぼ巣の中にいたりするのだけれど、ごくたまにりらちゃんが外で、ざくろがつぼ巣の中、ということもあったので、そう不審には思わず、
「ざくろはもうねんねしてるのね、おやすみ、また明日」
と言ってスクリーンを下げた。

まったく健康に問題がなさそうに見えた小鳥が突然息を引き取るのは珍しくないことで、「小鳥の夜」のときには1羽1羽に「おやすみ、ゲンキでね。また明日」と挨拶しながらスクリーンを下げるのだけれど、いつも「これが最後の会話かも」と覚悟していた。

最愛のざくろさんには、
「ざくろはままちゅんとずーっと一緒にいてね」とか、
「ざくろがいなくなったら、おかーちゃんはどうしていいかわからないから、ずっとゲンキでね」とか、
「ざくろが死んだら、おかーちゃんは生きていけないよ」
とか言っていたのに…。

今朝起きて、文鳥ズに挨拶をすると、ざくろとりらちゃんのケージは、りらちゃんだけが止まり木に止まっていた。
ざくろはつぼ巣の中にいるようだったけれど、声をかけても出てこない。
まさかと思ってつぼ巣に手を入れると、もう体が硬くなったざくろさんがいた。
体の位置が、昨日りらちゃんが羽づくろいをしていたときと変わっていないようにも思えたので、もしかするとあのあたりからもうダメだったのかもしれないとも思ったけれど、いつも眠るポジションだというだけのことだったのかもしれない。

つぼ巣から取り出して、夫に写真を撮ってもらって、しばらくざくろさんに話しかけていた。
手の熱が伝わるうちに、生き返るのではないかと思いつつ、
「ざくろはおかーちゃんが『立派なお寿司になりますように』って、きゅっきゅっきゅっって挿し餌をしたのよ」(「お寿司」というのはわが家で「握り文鳥」のこと)とか、
「ざくろが死んだらおかーちゃんはどうしていいかわからない、っていつも言ってたのに…」
とか、普段と同じように語りかけた。

そのあと、小さな空き缶にティッシュを敷いてその中にざくろさんを乗せ、庭のビオラとスイート・チャリオットと、文鳥たちのために抜かないでおいたハコベを摘んで一緒に入れた。

道中、お腹が空かないように、麻の実とペレットを入れ、三途の川の渡し賃として500円玉をひとつ入れて、また写真を撮ってもらった。

それから、庭のあこちゃんとくるみちゃんのお墓の隣に穴を掘って埋葬した。

いつかこんな日が来るという覚悟を毎日していたせいか、それともまだ実感がないのか、悲しいというより呆けた感じで涙も出ない。
わが家の文鳥ズはみんなカワイイけれど、やはりざくろさんが一番愛すべき存在だった。
獣医さんに感心されるほど美しく、鳥とは思えないほど賢く、そしてけっこうお間抜けで、声量のある美しい声なのに、毎回アドリブで「ぢーゆ!」という濁った音を入れないと気がすまない、そんなざくろさんが、おかーちゃんに黙ってあの世に旅立ったなんて信じられない。

生きているうちは「ざくろさんが死んだら自分がどうなってしまうのか、考えるだけでも怖ろしい」と思っていたけれど、今はざくろがいないわが家、ざくろがいない世界なんて信じられない、と思っているので、それが実感できるまではペットロスにはなりそうもない。

ざくろさん 2006.01.01~2013.01.12 享年7歳。
勝手に天に召されるなんて、おかーちゃんには許せませんが、渋々ながら合掌。

下の写真は、生後1ヶ月くらい。飼育書に書いてある倍くらいの期間、挿し餌を食べていた「永遠の赤ちゃん」でした。

83039256_249


| | コメント (0)

2012年7月27日 (金)

恋する吟遊詩人の憂鬱 3

2007年3月 1日 (木)

りらちゃんがウチに来て2週間。
ちらちらとりらちゃんの姿を見せつつ数日、ざくろの住むワンルーム(1羽用手乗りケージ)とりらちゃんの住む2羽用ケージを並べて1週間。

おかーちゃんが顔から血を流しながら連れて帰った大事なヨメ(笑)だというのに、ざくろは一緒に放鳥したり、同じケージに入れたりすると、すきあらばりら ちゃんをつつこうとする。実際は、気配を感じたりらちゃんが、さっと飛んで逃げるので、お互い血を見るようなことはないのだが(何度も言うけど、おかー ちゃんは血ぃ出たよ…)、いつまでたってもラブラブにはほど遠い。これだったらウチにいるゲイ文鳥たちの方がよっぽどラブラブである(泣)。

ちなみに、放鳥するときは基本的にウチにもともといた男子寮の面々とりらちゃん、つまりは男3羽に女1羽というメンバーである。普通なら、我も我もと女の子に群がり、取り合いで大喧嘩など起こりそうなものだけれど、我が家に限ってその心配はない。

そもそも、姫路兄弟の弟のチャイちゃんは「ままちゅん命! ままちゅんは早くチャイちゃんの卵を生みなさい!」というヤツだし、兄のくるみちゃんは結局のところナルシストである。

ざくろさんのお嫁さんとはいえ多少馴染んでくると、ナルシストながら社交性もあるくるみちゃんが、ご挨拶程度にりらちゃんに歌ってあげようとしたり、そんなときばかり愛妻家ぶるざくろさんが「ざくろの奥さんになにするですか!」とぎゃるる合戦になったり…。
そうなると、わが家の風紀委員のチャイちゃんが、
「この家でそんないかがわしいことは許さないのね~!」
とばかりに空中から「チャイキック」を繰り出し、くるみちゃんとざくろさんは2羽まとめてふっとばされることになる。

チャイちゃんは雛のころから、体は小さいけれどすばしこくて、背後に駆け寄って一発必殺キックをかますのが得意技だったけれど、どんどん磨きがかかってきて、今では百発百中のそれはそれは精度の高い蹴りを入れるステキ文鳥になったのだ。

そんなこんなで大混乱のうちに放鳥を終え、ざくろとりらちゃんだけ残して皆をケージに返すのだけれど、他の男子の目が気になるのか、せっかくの機会なのにラブラブになることがなくて、少々焦るわたくし。なにしろ血ぃ流しましたから。大事なことなので3回言いました(違)。

「いじめる方が慣れていない環境に置くとよい」という話があったので、なるほどと思ってざくろのケージを寝室に置いたのだけれど、ただひたすら緊張するだ けでこれといった効果はないようだった。ざくろのケージはりらちゃんのケージよりも丈が短いので、止まり木の高さが同じになるように下に菓子箱をかまして (これをわが家では「ざくろのシークレットブーツ」と呼ぶ)、ようやくケージごしに寄り添うようになったのだ。

しかし、そこからが発展しない。
タイトルにある「吟遊詩人」という言葉、成り立ちがいろいろで、それを表す言葉もいろいろなのだろうけれど「Bird」とも言うらしい…「らしい」というのは、わたしの持っている中型の英和辞典に載っていないし、「バード、吟遊詩人」でググってもRPGやカードゲームばかりがヒットするのだ。
その昔、オンラインRPGをヨーロッパサーバーでやっていたころ、オーストリア人と世間話をしていて「職業はなんだ?」と聞かれたので「バードテイマーメイジだ」と答えると「テイマーとメイジはわかるけど…バードって?」と聞き返された。日本では当たり前に通じていたので説明に困ったけれど「音楽のスキルと、それに付随した…煽動のスキルとかを持っている人をバードって日本では言うんだけど…」と答えると、「へー、そうなんだ」という感じだったので、英語では一般的ではないのかなあ。

ま、そんなこんなで、鳥といえば生まれながらの吟遊詩人のはずなのに、とんとお歌が出てこないざくろさんである。ごくまれに、目を離しているときにお歌のかけらが聞こえてきて「あれっ? 今、歌った?」と見に行くと、ざくろはつぼ巣から首だけ出していて、りらちゃんは一心不乱に餌を食べている、というのがいつものパターン。
「ざくろさん、りらちゃんに餌ぐらい食べさせてやんなさいよ。いつもいつもあんたのこと気にして生きていくわけにはいかないのよ、りらちゃんも…」
と、身勝手なざくろさんに軽く説教。

1日のうちの午後の数時間、同じケージで過ごさせるようになって数日、寝る時間間際にざくろをもとのワンルームのケージに戻すと、またケージごしに寄り添う2羽。同じケージのときは絶対にこんな距離にはならないのに…。
そして、りらちゃんが、ケージごしなのがもどかしいと言わんばかりに「きゅーんきゅーん」と甘え鳴きをしていて、
「…同じケージだとあんな逃げ回るのに、結局ざくろのことが好きなのね…。乙女心はわからんわ…」
と、同じケージで寝かせることにした。

夜、こっそり見てみると、りらちゃんはボレー粉入れに止まり、ざくろは止まり木で、数センチ開けて向かい合って寝ている。これを仲良くなりつつあると見るべきか、それとも警戒心バリバリなのか、ペアを飼ったことがないわたしには判断がつかないのだ(泣)。

| | コメント (0)

2012年7月25日 (水)

恋する吟遊詩人の憂鬱 2

2007年2月24日 (土)

(後記:写真右がりらちゃん、左がざくろさん)

B0216265_1225747_5


しかしこのざくろさん、今まではその「本人(鳥?)は大真面目なのに、はたから見ると爆笑もの」の笑えるキャラだったので、愛を込めて「アホのコざくろ」などと呼ばれていた。
生後半年ぐらいからは、ケージの中に吊り下げてあるベル付きぶらんこに求愛しまくり(ここまでは他の文鳥ズもやっているけれど)、就寝時刻が近づくとつぼ巣の中からぶらんこをガンガン引っ張るという暴挙に出始めた。とにかくぶらんこと一緒に寝たくてたまらないらしい。
仕方がないので毎晩寝る前にはぶらんこを外して、ベルの方を奥にしてつぼ巣に入れると、消灯時刻を過ぎても暗い中で「ちゅん…ちゅちゅ…」と愛のささやきが聞こえていた。

さすがに、お嫁さんが来てからはぶらんこも卒業だろうと思って、ケージからぶらんこを取り外したのだけれど、それが悪かったのか、ただ緊張しているだけなのか、りらちゃんがケージごしに寄り添っても、お歌もダンスもまったく出てこなかった。
りらちゃんが「ちゅん」と呼んでも「ちゅっ」と答えるだけだし、その「ちゅっ」もグゼりの次の段階の声のようで、おかーちゃんとしては「も、もしやお歌を忘れてしまったのでは?(汗)」と大変焦ることになった。

りらちゃんは、全体に色素が薄いせいもあって、頭の茶色い部分も果てしなく金髪のようだし、顔立ちも白人っぽい。そのわりには「アホのコざくろ」が好きで、なんだか「尽くす女」系に見えて、ハイグーシャに、
「りらちゃんって…なんか、西川ヘレンみたいなイメージありません?」
と言ったら、
「確かに…(笑)。苦労人っぽいところとかねえ…」
「西川ヘレンって、売れないころのキー坊と坂田利夫養ってたんでしょ? ざくろが国会議員にでもなると思ってるんでしょうか(汗)。いやいや、ヘレンちゃん、それ、アホの坂田でっせ?」
「…もう名前はヘレンになったんかい!(笑)」。

そんなこんなで、たまに「ヘレンちゃん」と呼ばれてしまうりらちゃんなのだ。

飼育本によると、隣り合わせのケージに置いて1ヶ月ぐらい慣らしてから一緒に放鳥して、お互い攻撃したりしなければ同居…という段取りらしいのだけれど、しょっぱなから同時に放鳥してちゃんと交尾していたし、別々のケージでもいつも寄り添っているので、これは案外さっくり同居できるかな?と同じケージで寝かせてみた。

寝るのは、昼間過ごす寝室とは別の和室である。ざくろにとっては、これまたほとんど入ったことがない場所なので緊張してテンションが上がったこともあるのだろう、はじめはケージの中でばさばさと落ち着かずにいて、連鎖反応でりらちゃんもばさばさしていたのだけれど、しばらくたつと落ち着いた。暗い中、目をこらして見てみると、りらちゃんは止まり木、ざくろはその正面のぶらんこに乗って、お互い向かい合う格好で寝ていた。この距離感は果たしてうまくいっているのかどうなのか謎。

翌日は、ざくろだけ男子寮の面々と放鳥し、それが終わるとりらちゃんとともに2階の寝室に隔離。
相変わらず歌わないし踊らないざくろ。それなのに、止まり木のざくろのケージに一番近いところや、その横のボレー粉入れに止まって、ざくろが来てくれるのを待つ女、ヘレンりらちゃん。

日暮れどき、これまでならわりとよく歌って踊っていた時間帯なのに、ざくろはやっぱり歌わない。どうしたものかと思ってケージから出してみた。

す、すると…「おかーちゃん、なんや恥ずかしぃて歌われへん~」とばかりに手にもぐりこんでくる。雛換羽が終わったころから、ほとんど握らせてくれなかったのに、自分から手にもぐってきたのでこっちは仰天。
しかし、長いこと特製挿し餌を与え続けただけあって素晴らしい肉付き、まるで水餃子のようにつるつるぷりぷりしたざくろの感触は…た、たまらん(泣)。赤ちゃん返りなのかもしれないと思いながらも、もうこんな機会は二度とないかも…と思う存分握らせてもらった。

もしかして、本当は他の文鳥たちのように握ってもらいたかったのだけれど、立場が弱いので我慢していただけだったのかも…と思うと、これまた不憫でカワイイざくろさんである…。
でも、りらちゃんと寄り添って、卵をかえして雛を育てて…というのも見てみたいし、姑としては悩みは尽きないのであった…。

| | コメント (0)

2012年7月23日 (月)

恋する吟遊詩人の憂鬱 1

2007.02.23

R0012264s_3
これがざくろのお嫁さんの「りらちゃん」。
性格は…おとなしいというか超ビビりというか。
わが家の文鳥ズもかなりのビビり揃いではあるけれど、おとなしくはない。単なる内弁慶タイプだ。

チクロを里子に出し、りらちゃんを連れて帰る前、ざくろに、
「ざくろのお嫁さんを連れて帰るからね」と言ったら、すっかり舞い上がって、そのひとことだけで歌うは踊るは餌をえぐえぐ戻すは、気が早いなんてもんじゃなかった。

顔半分血まみれで帰宅し、顔を洗ってようやく正気に戻り、小さいケージのまま「りらちゃん」のお披露目をする。
男子寮の面々は、みんな突然の美女登場に固まりまくっているようす。まあ想定内だけれど。

翌朝の放鳥時間に、ものは試しとりらちゃんも加えてみた。本当はもっと環境に慣れてからの方がよいのだろうけれど、20畳overのLDKだから、逃げようと思えばどこへでも逃げられるだろうと思って。

スペースばかり広い部屋で、リビング部分にあるのは6人がけの大きなダイニングテーブルと、ケージのある棚ぐらいで、文鳥ズは普段その2箇所を行ったり来たりして遊んでいる。地面に下りる癖をつけて、踏み潰すような事故が起こるのはイヤなので、テーブルには白いビーチタオルを広げ、テーブルの上はタオルを敷いてある部分以外で遊んではいけない、という暗黙の了解が定着している。
台所部分は、放鳥のときに料理をすることはないので、いいといえばいいのだけれど、調理器具やなんやも安全とは言えないし、人間様の衛生問題のためにも「入っちゃダメエリア」になっている。
ただ、彼らの餌のシードも野菜も冷蔵庫に入っているし、餌の交換やひとやすみのために「ままちゅん」ことわたくしが冷蔵庫とオーブンの間のスペースに置いた椅子に座っていることもある。そんなときは、ぶ~んと飛んできて旋回し、頭の上に着地して「ねえねえ、ごはんまだ?」とか「そんなとこに隠れてないで遊んでよぅ」などと言われたりもする。

テーブルには、買ってきたままの豆苗、大塚の大豆飲料「スゴイダイズ」を入れたお皿、ティッシュ玉が用意され、100年ほど前の中国アンティークの食卓用椅子の背もたれには、汚れ防止と滑り止めのためにタオルをかけて洗濯ばさみで留めてある。この背もたれが、お歌と踊りのステージになることが多い。

それにしても、男子校にいきなり美少女の転校生、というような雰囲気で、みな騒然としつつも固まっている。転校生はみながなぜ挙動不審なのか理解できない、といった顔で椅子の背もたれに止まっている。

そこへ、気力を振り絞ったざくろさんが飛び移った。
背もたれの端から、頭を低くして足元のタオルをかじったり、ぴょんぴょんとダンスをしながらりらちゃんに近づいていく。りらちゃんもまんざらでもなさそうな感じ。
そして歌いながらりらちゃんの真横まで行って、お歌が終わると乗っかってババババッ!

まるで教科書通りの展開でびっくりしてしまった。なにしろ、ウチの文鳥ズの中でもとりわけ教科書通りに行かないざくろさんが、文句のつけようがないお歌とダンスとバババ!ができるとは…。

すっかりざくろさんのことが気に入った様子のりらちゃん、ざくろの行くところ行くところへついて回るのだけれど、なぜかざくろはそれが気に入らないらしく、ついてこられるたびに「ぎゃるる」と威嚇したり、足を狙ってつついたり…ああ、もう、意味がわかりません(泣)。

そんなに疲れないうちに…と、小1時間ほど遊ばせたあとは、みんなをケージに帰らせる。わが家の文鳥ズは、わりとおりこうさんにケージに戻っていくのだけれど、半手乗り状態、しかもほぼ初対面のりらちゃんをケージに戻すのは大変だった。
「これだけ追い回したら嫌われる~」と思いつつもなかなか捕まえられずに苦労した。

なんとかりらちゃんをケージに戻し、ほかの男の子たちと隔離するためもあって、2階の寝室の窓辺でざくろのケージとりらちゃんのケージを並べて置くことにした。
するといきなり、お互いのケージの止まり木の相手に一番近いところに止まってちゅんちゅん鳴きかわしたりしている。りらちゃん、美人なのにざくろが好きなの?(汗)。

唯一気になるのは、ざくろの声が「ちゅっ、ちゅっ」と言うばかりでお歌になっていないこと。当然ダンスもなし。声を聞くと、お歌の前の発声練習のようにも思えるけれど、いつまで経っても歌らしい歌にはならない。
初対面の女の子とケージを並べられ、普段はめったに入らない部屋にいて、お歌やダンスを忘れるほど緊張しているんだろうなあ…とちょっとざくろに同情した。

| | コメント (0)

2012年7月21日 (土)

ラプソディ・イン・ライラック 5

2007年2月22日 (木)

新生「りらちゃん」の元の飼い主さんとは初対面だったこともあって、とりあえず「お迎え検診」で感染症の有無を調べておくほうがよろしかろうと、わが家に来た翌日、元祖「りらちゃん」改め「チクロ」を連れていったのと同じ動物病院に行った。

ここでヒジョーに気分が重いのが「今度のりらちゃんは前のりらちゃんとは違う」と説明せねばならないこと。一応「目安にしかなりませんが…」と前置きはしたものの、女の子文鳥の特徴の説明をしたのがものの見事に大はずれであったことをカミングアウトしなければならないとは…(泣)。

診察室に入ると、前と同じ先生だったので、開口一番、
「先生、すみませんっ! 前のりらちゃん、男の子でした!(泣)。 で、このコは本当に女の子です」
先生、バカ受けしてくれればこっちも多少は気が楽になるのだけれど、淡々と、
「そうなんですか。じゃあ、前に来たコは?」
「もうウチにはいません。このコがほんとの『りらちゃん』になります…(汗)」。

「半手乗り」ということで譲っていただいたのだけれど、狭い診察室の中ではたはたと飛び回るのを、二人がかりでなんとか捕まえ、触診、体重測定、軽く問診、そしてそのう検査。

生後80日のチクロとは違い、嫌がって口を閉じようとする力もハンパではないし、カテーテルを通す間も「ぎええええ~」と怪鳥のような叫び声が(汗)。
糞の検査もしてもらうつもりで、出かける前にキャリーケージにキッチンタオルを敷き、中の止まり木の真下あたりはサランラップを上にかけて、診察までに糞をしたら、すかさずよい状態のものが取れるように工夫した…つもりだったのだけれど、緊張しているのか、糞なんてひとつもしていない…。

「お腹に余分な脂肪もついてませんし、胸筋もしっかり発達しているし、そのう液に原虫その他もいませんでした。いいですよ。糞はまた出たら持ってきてください」
と言われて、まあ近所だけど糞の検査はまた後日かぁ、ちょっと面倒…と思っていた。
しかし、会計をするまでに待たされている間に「ぷりっ」と。
別室の先生に「先生~、糞が出ました~」と言って、早速糞の検査。こちらも異常ナシとのことでやれやれ。

お会計を済ませて、ケージをバスタオルでくるんでバッグに入れているときに、また例の「刑事コロンボ風質問」が!(汗)。

「これがシナモン文鳥の成鳥なんですよね?」
「そうです。これはかなり色が薄い個体だと思いますが」
「前のコがオスだっていうの、どこでわかったんですか?」
「ここで検診受けた日の夕方に、お歌を歌いました…(泣)」
「あれぐらいの時期でも歌うんですか?」
「正確には『お歌のモト』というぐらいなんですが、生後50日ぐらいでお歌の練習を始めるのが一般的じゃないかと思います…」。

また熱心にメモを取る先生。非常に好感が持てる。

りらちゃんにとっては、わが家は慣れない環境だろうし、その日は1日、HOEIの角35でひとりゆっくり休んでもらうことにした。
(この項終わり)

| | コメント (0)

2012年7月19日 (木)

ラプソディ・イン・ライラック 4

2007年2月20日 (火)

夫婦してグゼるところを聞いてしまった「りら」ちゃん改め「チクロ」。

「ままちゅん、情けないよぅ…」と号泣したものの、まあ、泣くほど悲しいことがその程度しかない幸福をかみしめながらも、チクロの今後を考えねばならない。

どうやら色の濃さはざくろと似たような感じになりそうで、情が移りつつあったのだけれど、これ以上「文鳥男子寮」を規模拡大するつもりもなく、近い将来さらなるお嫁さん探しのネタが増えるだけ…ということもわかっていた。

つてを頼ってあちこちに声をかけて回ると、なんと1歳のシナモンの女の子と交換してくれるという人が現れた。姫路兄弟を新幹線で受け取りに行ったことを考えると「近所」と言っていい場所に住んでいる人で、しかもお互い都合のよい受け渡し場所を話しているうちに、その人の実家がわが家と同じ小学校の校区…はっきり言って隣の町内会じゃん、それ!ということがわかって「こ、これが運命のめぐり合わせか…」と畏れおののいた。

とは言え、我が家はここに引っ越してきてまだ3年で、とくに地元を徘徊する用事もないので、どローカルな場所を待ち合わせに指定されてもわからない…ということで、お互いに確実にわかる郵便局で待ち合わせた。

暴れるチクロを取り押さえて、ティッシュと道中のおやつのための粟穂を入れた小さいプラスチックの虫かごのようなものに入れる。ちょっとのつきあいだったけれど、オトナ文鳥ズにあいさつをさせるとなにやらまた感傷的になってくる。

車に乗って郵便局まで行くと、我が家と同じHOEI角35の黒いのを持ったおじさんを発見。
どう見ても見間違いようがないけれど、鳥かご持ったおじさんが道端に立っているのはかなり異様な光景かもしれない。
「もしかして、あのケージごとくれるのかしら? まさかね。でも、だったらどうやって文鳥さんだけ持って帰るんだろう、わたし…」
と、頭の上に疑問符を2つ3つ浮かべつつ、初対面の挨拶をして、早速チクロの入ったかごを出して、
「これ、このまま持っていってください」
と渡すと、
「でも、この入れ物、いるでしょう?」
「いえ、かまいませんよ。高いものじゃなし」
「じゃあ、こっちのと入れ替えてお渡ししましょう」。
おじさん、道端にしゃがんで文鳥を入れ替えようとしている。い、いや、それはマズいんじゃないでしょーか(汗)。逃がしたら目も当てられんぞ…と、
「あの、あの、車の中でなさった方がよいのでは?(汗)」
と言うと、おじさんは自分の乗ってきたワンボックスカーに大小のケージを持って乗り込んだ。

郵便局は空いているかと思っていたのに、意外に駐車場の車の出入りは多く、郵便局に用事もないのに2台も停めているのはいかんなあ、と思いつつ自分の乗ってきた車を見ると、緊張のあまりエンジンも切らず、ハザードまでついている。
エンジンを切ろうと慌てて車のドアを開けると…ドアの角が顔面直撃!
しかしとっさのことなので、痛みよりも衝撃の方が強く、なにごともなかったかのようにつつがなく交換を終えたいと思ったわたしは、おもむろにドアを閉めた。
ほとんど同時に、文鳥の入れ替えが終わったおじさんが、わたしが持ってきた小さいケージに女の子文鳥を入れて差し出して…一瞬絶句して、
「大丈夫ですか?」
と言った。
「あ、大丈夫です、大丈夫大丈夫」
「でも、血が出てますけど…?」。
え、血?とミラーを見ると、小鼻の脇を横に2センチほど切ったらしく、血がだらだら流れている。傷を触った手でついたらしい血が、反対側の頬にも。骨まではいってないだろうけど、けっこうな怪我である。
それでも、あとは女の子文鳥を受け取るだけで終わるのだから…と「大丈夫です!」とにこやかに答えて小さいケージを受け取ると…1ミリほどふたに隙間があるのに気付いた。
「ふたが閉まらないです…」
と力任せに閉めようとすると、おじさんも一緒になって押さえてくれる。そのとき、視線をちょっとずらすと…ぎゃー、文鳥の足の指がはさまって閉まらないんじゃない!(汗)。
「足が! 足がはさまってますっ!」
おじさん、「あ…」という顔をしてはさんでいた足の指を中に入れ、ぱちんとふたを閉めてくれた。
「…だ、大丈夫ですか?」。
今度はわたしが尋ねる番だった。
「大丈夫大丈夫」。

…ほんとに大丈夫かよー(泣)と思いつつも、自分の顔の傷も気になるので、早々においとまを告げて家に帰る。

帰宅すると、なにはともあれケージを食卓に置き、洗面台に直行。
…顔の右半分、血まみれですがな(泣)。よくこれで「大丈夫です」とか言ったものだ。郵便局の近くには交番もあったけれど、通報されなくてよかったよ、というレベルの、誰がどう見ても間違いなく血まみれ。これで「大丈夫です、大丈夫」と言われたおじさんも、さぞや困惑したことだろう…すまねえ(泣)。

あ、女の子文鳥の足の指は、本当に「大丈夫」だったのが不幸中の幸い。

ちなみに、この「おじさん」が、のちにくるみちゃんとあこやちゃんとの間のひなひな(つまりはりらちゃんの孫)を貰ってくださった、東広島のOさまである(笑)。

| | コメント (2)

2012年7月17日 (火)

ラプソディ・イン・ライラック 3

2007年2月19日 (月)

例によって例のごとく、ジャクボーさんのサイトで、訪問者の紹介する獣医さんのコーナーに、たまたま近所の獣医さんが載っていたので、そこへりらちゃんを連れて行ったのだけど…なんとシナモン文鳥を見るのは初めてだということだった。
診察が一通り終わって「ちょっとおうかがいしていいですか?」と、まるで古畑任三郎か刑事コロンボかという感じで質問タイムが。どきどき。
「この…りらちゃん、えーっと、なに文鳥っておっしゃいましたっけ?」
「シナモン文鳥です」
問診表の「種類」という欄にわたしが書いた「文鳥」という文字の上に「シナモン」と書き足す先生。
「雛換羽が終わったら茶色くなるんですか?」
「はい、桜文鳥の黒いところが茶色で、灰色のところが薄茶色、って感じです」
「で…どこらへんでメスだと思われたんですか?」
「確実な見分け方はないというのが大前提なんですが、ウチのオス文鳥に比べて華奢な感じがするのと、目が小さめなところが女の子っぽいかな、と。あとは生後80日で、ウチに来て3日経つのにまだお歌の練習をしないので、たぶんメスなんだろうなあ…というところでしょうか」
先生、逐一メモを取っている。まあ、知ったかぶりをされるよりは100倍好感が持てるけれど「文鳥に詳しい病院」とはちょっと違うような…。でも、診察も説明も丁寧で、小鳥の扱いもジェントルなので、特殊な病気にならない限りはここに来るだろう。
そういえば、電話で予約するときにそのう液の検査を頼んだら、
「そのう検査は…小鳥が嫌がって鳴き声を出したりするので…それでもなさいますか?」
と説明してくれたし、良心的だ。
実際、そのうにチューブを挿入する前に
「この管を口からそのうまで入れるんですけど…見てても大丈夫ですか?」
と聞いてくれた。
わたしはわりとそういうのが平気なタチだし、逆にりらちゃんに何をされるのか見ない方が不安だったので、
「大丈夫です。胃カメラみたいなもんですよね?」
と聞いたら、
「まあ、そんなもんです」。

その昔、これは胃潰瘍しかあるまいと思えるようなひどい胃痛に悩まされて出勤前に病院に行ったら、その日は問診だけで、次回はバリウムか胃カメラか、と聞かれたときに「とりあえずバリウムで」と答えたものの、会社に着いてから「バリウム飲んでもどうせそのあと胃カメラコースに違いないから、さくっと胃カメラ飲んどくか」と思いなおし、電話で「やっぱり胃カメラでお願いします」と電話したぐらい、胃カメラは嫌いじゃない。
ただ、胃カメラを飲んでみたら、予想以上に胃の状態が悪かったらしく、最初は横になっていても見える角度にモニターを置いてくれていたのに、胃に入ったとたん向きを変えられてしまった。

そんな経験があるだけに、見られるものならぜひ見ておきたかった。
先生がチューブを挿入して、シリンジを引くと、点々と3か所ほど赤いものがあった。一応、牽制のために「あ、傷ついちゃったかな?」とぼそっとひとりごと。血液かどうかもわからないけど、イヤな患者かも(汗)。
(追記:チューブの赤い点々は、どうやら液量の目盛りのようだとのちに判明(汗))

その後、りらちゃんはゲンキに家に帰ってきて、バクバクとシードを食べている。
そして夕方。
「ぐっ、ぐじゅっ。ぐじゅ、ちゅるちゅるちー、ぐじゅ…」。
聞いてはいけない鳴き声を聞いてしまった。
ざくろさんのお嫁さんを連れて帰ったはずなのに…ま、また男ですか?(泣)。
もう、シナモンのオスを4回連続引き当ててしまった自分が情けなくて、シナモンズのケージの前に行って、
「りらちゃん、男の子だったよ…(泣)。お嫁さんだと思って連れて帰ったのに、ごめんね…ままちゅん情けないよ…(号泣)」。

仕事から帰ってきたハイグーシャに
「りらちゃんがグゼりましたよ…」
とたいそう落ち込んで告げ、オークションサイトなどでシナモン文鳥の女の子を探しまくるわたし。
ハイグーシャは
「まあ落ち着いて。そんな焦って探さなくても…」
と言うのだけれど、それはりらちゃんがあまりに女顔であったことと、実際グゼるところを聞いていないからこその余裕だったのだ。

翌日の夕方、わたしがいないときにハイグーシャも「りらちゃん」のグゼる声を聞いてしまって、ようやく二人で「どうしましょう…」「…むしって食うわけにも行きませんしねえ」と悩むことになった。
「りらちゃん」は、しっぽと頭の8割ぐらいは羽が生え変わっていて、そこはざくろさんと同じぐらい濃い茶色だったので、それまでにも冗談で「もしオスだったら、ざくろの弟ということで名前は『チクロ』」と言って笑いあっていたのだけれど、ほ、ほんとにチクロちゃんだったのね…(泣)。

| | コメント (0)

2012年7月15日 (日)

ラプソディ・イン・ライラック 2

(過去の記録の再掲です。どなたかの参考に…ならないだろうなぁ(泣))

2007年2月18日 (日)

2月のはじめ、高速を使ってDoor to doorで2時間近くかかるという、ビミョーな距離の実家の近くの歯医者さんに定期健診を受けに行った。
年末にも、中学校の同窓会があったので実家まで日帰りしたのだけれど、そのときにちょっと市内のペットショップ巡りをして、とあるショッピングセンターの中のペットのコーナーに、シナモン文鳥の雛(生後1ヶ月ぐらい)がいるのは確認済みだった。あれが売れ残っていたら、そして女顔だったら買おう!と決めて自宅を出た。

歯医者さんで検診が終わり、実家でちょっとお茶をして「じゃあね~」と車を出し、見送りの母の姿が見えなくなるやいなや、インター入り口とは逆方向の例のペットショップへ…。
わたしが住んでいた高校生のころは、なーんにもない田舎だったエリアに、郊外型ショッピングセンターができているのだ。
駐車場に車を入れ、目標のペットショップに向かってすたすたと歩いて行くと…いた! もう雛トヤが始まっているところからして、年末見た雛がいまだに売れ残っているのだろう。
年末にいた雛と同じ個体であることをショップのお姉さんに確認して「手乗りですか?」と聞くと、
「モトは手乗りだったんですけど、なにかショックを受けることがあったみたいで、人の手を怖がるようになってしまったんです」とのこと。うーん、ただ遊んでやる時間を取らなかっただけだと疑っているものの、ざくろのお嫁さんになってくれるのなら手乗りでなくても妥協しよう…と「これ、男の子でしょうか、女の子でしょうか?」と聞いてみた。
返事は「どっちでしょうねえ…文鳥は雛だとわかりにくいですからねえ」
と非常にまっとうなお答え。
しかし、わが家の文鳥と比べると全体にきゃしゃだし、目も小さいし、30分ほど観察してもグゼる気配もないし…。
「ねえねえ、ウチの男の子のお嫁さんに来ない?」
と話しかけると嬉しげに寄ってきた。うむ、これは女の子決定だ。

資生堂のヘアムースかなにかの箱にわら少々と一緒に入れられ、いくばくかのお金を払って車に取って返し、けっこう渋滞している一般道を抜け、高速道路を飛ばして1時間半ほどで帰宅した。
走りながら、貧血と低血糖のせいで頭痛がしてきた。数年に1度、というレベルの激しさで、家に着いたときには吐き気までしてきて、わたしが帰宅したすぐ後に帰ってきたハイグーシャに
「ものすごい頭痛いです~。吐き気もします~。風邪薬胃薬鎮痛剤は今飲みました~。で、たぶん女の子のシナモン文鳥がいたから買ってきたけど…ケージに移してお水とシードを入れるので精一杯…。なんでこんな日に買ってきちゃったんだろう(泣)。ああ~、これでオスだったら…むしって食うわ!」
とヨレヨレになりながら説明した。

薬が効いてきて少しラクになると、ハイグーシャが新入りのケージを見ていた。
わたしに「うん、これは女の子でしょう」と言うので、名前を考えることにした。

「ガーネット」で「ざくろ」だから、お嫁さんはその次の2月の誕生石…アメシスト。日本語だったら紫水晶。どっちも小鳥の愛称っぽくないなあ…と紫色の別名を考えて、ようやく「ライラック色」から「りらちゃん」という名前になった。我が家にはライラックの木もある(白だけど)ぐらいだし、いい名前ではなかろうか、と思った。

翌日、近所の動物病院に行き、いわゆる「お迎え検診」をしてもらって、りらちゃんもめでたくシナモンズの仲間入りをすることになったのだった。

| | コメント (0)

2012年7月11日 (水)

ラプソディ・イン・ライラック 1

あこやちゃんとくるみちゃんがいなくなったリハビリと、他人さまの役に立つかどうかは謎ですが、一応ペアリングのレポートとを兼ねて、ざくろさんがお嫁さんを迎えるまでの記録を転載することにしました。お暇ならどーぞ。

2007年2月17日 (土)

R0011981s

シナモン文鳥の男の子ばかり3羽のわが家。

シナモンズのうちの2羽は兄弟で、兄がくるみちゃん、弟がチャイちゃん。「茶色っぽい食べ物」ということで、シナモン文鳥にはありきたりな名前であったことに気付くのはかなり後で、名前の由来は「12月生まれだから、チャイコフスキーの『くるみ割り人形』」。いろいろ考えていたら、ふと「こんぺいとうの踊り」が頭をよぎったので。

そして、もう1羽は「シナモン」というよりは「ココアパウダー」のような色の「ざくろ」さん(写真)。これは1月生まれだから、誕生石の「ガーネット=ざくろ石」から取ったもの。目がガーネットのように深い赤だったせいもあり。

さて、彼らも1歳を過ぎて、文鳥としては「お年頃」。女の子のいない状況で、男同士で歌ったり踊ったり、たまには乗っかったり乗っかられたり(汗)、練習に練習を重ねてきた。

兄弟文鳥のチャイちゃんとくるみちゃんは、姫路の里親さんのところまで新幹線で迎えに行った秘蔵っこ。すでにひとり餌になっていたけれど、ちゃんと手乗りとして育ててあった。
ざくろさんは、近所のショップに頼んで取り寄せてもらった弥富産。おそらく生後3週間ぐらいだったかと思う。
ひとり餌の練習をさせつつも、口を開ければさし餌をやっていたので、完全にひとり餌になったのは生後2ヶ月ぐらい経ってからだった。最後の方は、ひと口食べただけで遊びに行ってしまうので、人間が根負けしてさし餌終了と相成った。

そんな育て方をしたせいか、ざくろさんは骨太でむっちり筋肉のついたステキ文鳥に成長した。チャイちゃんくるみちゃんの「姫路兄弟」と比べると、動きもどんくさいし、頭もちょっと弱い感じがするけれど、それがまた母性愛をくすぐるのだ。

ところが、愛情を受けまくって育ったせいか、母の愛にあまり価値を見出さず、チャイちゃんくるみちゃんのように「手の中でむにむに」はあまり好きではないクールな文鳥に育った。行動の端々に、愛されているという自信が見え隠れしていて、それはそれで可愛いものなのだけれど…。

さて、お年頃の彼らにお嫁さんを貰った方がいいのではないかと考え始めて、ハイグーシャに相談すると
「今でも文鳥、多すぎるのにこれ以上増やしてどうするの?」
というもっともな意見が。でもこれは、昼間の放鳥時の男同士乗ったり乗られたり…というのを見ていないせいもあると思う。毎日見ていると、けっこう不憫なものである…。

もし、お嫁さんをもらうとしたら、まずはざくろさんから、と決めていた。
平等に愛そうと心に決めていても、やはり手塩にかけて大きくしたざくろさんが可愛いのだ。それに、チャイちゃんは「ままちゅんはチャイちゃんのもの!」といつも自己主張する、典型的な「人間を恋人だと思っている文鳥」だし、くるみちゃんは大抵何を考えているのかわからない感じなのだけれど、どの文鳥も見ていない!というスキをついて手の中でぬくぬくしたり、ほかの文鳥が手の中にいるときには、顔の真横に止まって「手よりこっちの方が仲良しなんだもんね!」というような態度のけっこうちゃっかりさん。

そんな中で、ざくろは姫路兄弟への遠慮もあってか(本当は1ヶ月しか違わないのに、雛のころの体力差で追いかけ回されたのがトラウマらしい)、彼だけは「ままちゅん♪」とは呼ばず、「おかーちゃん」と呼ぶのだ。

チャイちゃんは「恋人はままちゅん!」で、毎朝、放鳥のときにケージの扉を開けると「ままちゅん! 会いたかった~!!」とばかりに手のひらでさえずりつつババババッ!(汗)。終わると「ままちゅん、早くチャイちゃんのつぼ巣に卵生むのよ~」という顔でじっと見つめられてしまう。
くるみちゃんは、ままちゅんババババッ!こそしないものの「実は誰よりもままちゅんと親密なのだ」と思っているのがわかるだけに、女の子文鳥とペアにできるのは、わたしと一歩距離をおいたざくろ以外いないのだ。
そして、実はざくろを一番愛しているわたしとしては、ざくろの子孫が欲しいと思っている。この先、もしざくろが天に召されることがあっても、血を分けた子供がいたら、多少は悲しみも薄れるかも…という気がして。

そういうわけで、本格的にお嫁さん探しが始まった。

| | コメント (0)

2012年6月 5日 (火)

スーパームーンの日に

 ご無沙汰しております、シナモン母でございます。

 今夜も月と地球の距離が近い「スーパームーン」だそうですが、先月のスーパームーンの日、5月5日の朝に、あこやちゃんの夫のくるみちゃんがこの世を去りました。

 くるみちゃんの血縁にあたるコを引き取ってくださったかたなどにはご連絡したのですが、どうにもブログに書く気持ちになれず、今日まで延ばし延ばしにしてしまいました。すみません。
 メールアドレスが変わってしまっていて、ご連絡がつかなかったかたもいらしたので、ここで改めてお知らせいたします。
 残念なのは、くるみちゃんとチャイちゃんとをくださった「姫路のおかーさん」のメールアドレスが変わっていて、ご連絡ができなかったことです。長いことメールを出していなかったのですが、ヤフーBBのアドレスだったので、きっとプロバイダか回線を替えてしまわれたのでしょうね…。うう、ごめんなさい。

 あこやちゃんのときもそうでしたが、くるみちゃんのときも、休日にもかかわらずイヤな予感がして早くに目が覚めました。

 前の日までは、ケージから出せ出せと要求し、出してやるとまっすぐにざくろとりらちゃんのケージに飛んでいき、ケージの上からぎゃるぎゃると喧嘩を売るほどにゲンキでした。

 あこやちゃんが死んでから、くるみちゃんの「時間外出せ出せ」コールがけっこう激しく、出してやるとざくろたちのケージの上に直行、ということがよくありました。
 ざくろとりらちゃんが、あこやちゃんの両親ということで「あこちゃん来てない?!」と言いたいのか、はたまた「次のあこちゃんを早く産め」とでも言いたいのか、とにかくあまりにも頻度が高いので、見ていてどうにも不憫でした。

 換羽が始まったようで、少しゲンキがないかなあ…と思う程度で、あまり気にしていなかったのですが、朝見ると、くるみちゃんは餌入れの下、ケージの底にしゃがみこんでいました。
 慌てて保温し、自販機にスポーツドリンクを買いに走り、いつも行く獣医さんが祭日休みなので、ネットで鳥を診られる獣医さんを探し、診療が始まる時間に電話をして、出かける前にもう一度水分と糖分の補給を…と思ってキャリーケージから出すと、すでにこと切れていたので、獣医さんにまた電話をして、お弔いをいたしました。

 最初にスポーツドリンクを飲ませたあとは、キャリーケージの中にある止まり木に止まろうとする程度の力はあったのですが…。

 誰よりも、誰よりも美しかったくるみちゃん。
 くるみちゃん、チャイちゃん、ざくろさんの、わが家に最初にやってきた、いわば「オリジナル3」は、どのコが死んでも「あのコがいちばんいいコだったのにね」ということになるだろう、としばしば夫と話していたのですが、本当にくるみちゃんは、わが家でいちばん男前で、ニンゲンにも文鳥にもまんべんなく愛想を振りまくみごとなホストぶりだったくるみちゃんを失って、本当に辛い日々を送っています。

 ウチでいちばん頑固だったのもくるみちゃんで、欲しいものがあれば、要求が通るまでずっと待ち続ける(ギャンギャン騒いで要求を通そうとせず、機会が訪れるまでずっと待ち続けるタイプでした)ようなコだったので、あこやちゃんに再会できる唯一の方法を悟ってしまったような気すらしています。

 しかし正直なところ、あこやちゃんが死んでからというもの、ずっとあこやちゃんを探し続けているのを見るだけでこちらも落ち込んでしまうので、その辛さから解放された、という気持ちもなくはないです。後添えをもらったとしても、あこやちゃんほどカワイイはずもなく、くるみちゃんの気が紛れるはずはない、と確信できるような日々でしたから、悲しいなかにも、
「ああ、ついに自分の要求を通したね」
という、諦めに似た感情もありました。

 あこやちゃんのときとは違い、白いばらや紅いばら、白いライラックにすずらん…と、美しいくるみちゃんにふさわしい、お花でいっぱいのお棺になりました。あこやちゃんの隣に埋葬し、上にはクレマチス「天使の首飾り」の苗を植えました。
 まだくちばしも、アイリングですら赤い、美しい姿でしたが、今はまだデジカメのメモリカードからデータを出す気力もありませんし、いくらきれいだと言っても、あこやちゃんに続いて死に姿ばかりアップするのも気がひけて…。

 そういえば、あこやちゃんが死んでしばらく経ったころ、メールが届きました。
 内容は、ジャクボーさんのBBSに同じハンドルで同様の投稿があったので、そちらを参照していただければと思います。

「卵管脱」という呼び方については、わたくし自身も、
「卵管はもっと奥だろうから、これは脱腸というか総排泄口脱というか…だなあ」
とは思っていたのですが、まあ世間で通っている呼び方が適当であろう、という判断のもとにそう書いただけのことですし、呼び方が変わったところであこやちゃんが帰ってくるわけでなし、あこやちゃんを失ったわたくしにはどちらでもたいした問題ではありませんでした。

 そして、あこやちゃんの予後不良については、ニンゲンの事情によって、見つけてから獣医さんに連れていくまでに時間が空いたこと、あこやちゃんが並外れた力持ちで、総排泄管というかなんというか…をかなりつつき出して壊死させてしまったこと、このわたくしのミスジャッジと、あこやちゃんという個体の特性を抜きにしては考えられないと思います。

 また、わたくしがかかりつけにしている獣医さんは基本的に犬猫がメインのところですが、そのう検査ができる程度のところで、かつ車で20分ぐらいで行けるということで、そこに行くことに決めています。

「横浜小鳥の病院」では、総排泄口から出た紐状のものは「卵管にできたポリープ」という判断だそうで、メールをくださったかたは、ご自分の文鳥が同様の症状になったとき、獣医さんに糸で縛って切除してもらい、文鳥さんは今もゲンキである、ということでした(ジャクボーさんのBBSでは「某小鳥の病院」と書かれていますが、たしかいただいたメールには、そのかたが処置をしてもらったのも「横浜小鳥の病院」と書かれていた記憶があります。が、今もそのメールを再び開くところまで気力が回復しておりませんので、記憶違いでしたらすみません)。

 このかたが、なにを啓蒙したいのかはよくわかりません。「卵管脱」という呼び方を「総排泄口脱」と改めたいのか、卵管脱だか卵管ポリープ脱だかを糸で縛って切除する技術がある獣医さんに行けないような田舎に住む人間は小鳥を飼う資格がないと言いたいのか、そういう田舎で飼われた文鳥さんなら死んでしまっても仕方がないと言いたいのか、ウチのあこやちゃんと同じ症状だったのに、お宅は都会住まいで小鳥さんが助かってよかったですねと言ってほしいのか…。

 記憶違いでなければ「ご参考まで」的な言葉で結ばれていたはずですが、次にわが家の女の子文鳥に同じことが起こったら、できる限り早くかかりつけの、またはくるみちゃんのときに連絡した獣医さんに連れていくしかありませんし、あこやちゃんのときですら、そのときわたくしができるかぎりのことはした、と思っています。
 強いていえば、獣医さんで処置した日の夜、くるみちゃんと一緒につぼ巣に入ったあこやちゃんを引きずり出して、別のケージで保温して、寝ずに看病すべきだったか…などと思わなくもないですが、それで結果が変わらなかったときには後悔してもしきれない…という判断でした。

 そもそも、このブログを読んでくださっているかたならば、わたくしが医者の娘でありながら「ニンゲンさまの医学も医者も信じない、いわんや小鳥の医学をや」という経験をしていることはご存じでしょう。
 どんな権威をもってしても、最先端の医学なんて信じるに値しない、ということは、現代の常識であれば到底受け入れがたいロボトミーの手術を最初に成功させたエガス・モニスがノーベル生理学・医学賞を受賞していることでも明らかです。

 というわけで、もしかするとよかれと思ってくださったメールかもしれませんが、ただひたすらわたくしを落ち込ませるしかない情報を提供されただけでした。まあ実際は「啓蒙したい、知識をひけらかしたい」というところだったに違いない、と思う程度にしか立ち直っておりません、わたくし。
 啓蒙もけっこうですが、他人の痛みに鈍感では逆効果でしかない、というお話でした。ちゃんちゃん。

|

«ざくろさんには何かが見えたらしい